トルクメニスタン・ニュース[資料編]

サパルムラト・ニヤゾフ(wikipedia版)

 Saparmurat Atayevich Niyazov [サパルムラト・ニヤゾフ](トルクメン語でSaparmyrat Nyýazow)

 1940年2月19日生まれ。1985年以来、トルクメニスタンで最も強力な人物。

 幼くして孤児となり、父親は第2次世界大戦でドイツと戦って死亡。残りの家族も1948年、アシュガバットを廃墟にした大地震で亡くなった。ソビエトの孤児院で育てられ、共産党に入って昇格していき、ついにトルクメン・ソヴィエト社会主義共和国共産党(後のトルクメン民主党)議長となった。ソ連崩壊後、1991年の独立宣言でも国家権力を握り続け、初代大統領となった。

 1993年10月22日にトルクメンバシ(Turkmenbashi / Türkmenbaşy)を自称した。これは「トルクメン族すべてのリーダー」という意味で、ケマル・アタテュルクが「トルコの父」という称号であるのにならったものである。1999年12月29日、単なる認証機関となっていた国会によって、終身大統領と決定された。

 ニヤゾフは独裁的指導者であり、強力な個人崇拝で知られている。トルクメニスタンは国家アイデンティティーを欠いた国であると考えて、自らのイメージによって国家を再建しようと試みた。カスピ海沿岸のクラスノフォトスクの街を自分にちなんでトルクメンバシと改名し、そのほか、いくつかの学校、空港、隕石を自分とその家族にちなんで命名し直した。すべてのマナト紙幣に大統領の肖像が描かれており、大統領の巨大な肖像画は国中至るところに、特に主要な公共の建物や通りに掲げられている。また、大統領とその母親の像がトルクメニスタン全域に建てられている。カラクム砂漠のど真ん中にも像は建てラテイル。またアシュガバット最大の建物「中立アーチ」の頂上の金メッキされた像は、太陽に方向に向けて回転する。ニヤゾフはその統治を記念してアシュガバットに巨大な宮殿を造らせた。「個人的には通りで自分の肖像や像を見るのには反対です――でもそれは人々が求めているものです」とニヤゾフは語っている。

 教育システムでは、トルクメンの若者に対してニヤゾフを愛するよう教え込んでいる。ニヤゾフの作品や演説が教科書の内容の大半を占めている。主要なテキストはニヤゾフによって書かれた国家的叙事詩「ルーフマーナ(魂の書)」である。この書物は修正主義的歴史と道徳的ガイドラインの入り交じったもので、「国家の精神的指導」ならびに国家の芸術・文学の基礎となるよう意図されたものだ。ソヴィエト時代の教科書は禁止されたが新しい出版物がその代わりに出ることもなく、図書館にはニヤゾフの作品以外はほとんど何も残っていない。2004年、地方在住のトルクメン人は図書館で本を読まないだろうという理由で、大統領はすべての地方図書館の閉鎖を命じた。ニヤゾフの故郷キプチャク村では、その母のための記念の建物が建造されている。そこにはトルクメン人の再生のシンボルとされるモスク(約1億ドル)もある。この大検造物の壁は、コーランの詩句とともにルーフナマからの訓辞が書かれている。

 トルクメン文化を変えようというニヤゾフの努力としてはほかに、キリル文字にかわってラテン文字に基づく新しいトルクメン・アルファベットを導入したり、人生の段階を定義したり、国家英雄や象徴に基づいて月・日を改名したりしたことなどがある。1月はトルクメンバシと改名され、4月は母親にちなんだ名前となっている。長髪、ひげ、金歯を禁止しました。

 国会で終身大統領に任命されたが、2010年には選挙を開くことを約束している。ニヤゾフは因習にとらわれない政策でも有名だ。たとえば、2004年8月、砂漠の国のど真ん中に巨大な氷の宮殿を建築するように命じた。多くの評論家は技術的な援助なくしてそれは不可能な夢であろうと言ったのだが。また、2つの法令を発した。その一つは、テレビのニュース司会者はメーキャップすることを禁止するものである。大統領がニュースアナウンサーを男性か女性か区別できなかったためだ。第二の法令は、トルクメン領で噛みタバコを噛むことが違法というものである(ニヤゾフは、抗ガン手術に成功した後、禁煙しなければならなかったので)。

 2004年、ニヤゾフは1万5000人の医療従事者を解雇し、軍の徴兵で置き換えた。この行動については、2005年3月1日、アシュガバットの外にあるすべての病院の閉鎖命令が続いた。2005年2月28日、ニヤゾフは宣言した。「首都で働くべき優れた医療専門家を、どうして田舎に埋もれさせておくべきだろうか?」

 2002年11月25日の暗殺計画の後、トルクメン当局は多数の共謀した容疑者とその家族を逮捕した。これは国内外の政治的反対を弾圧するために計画されたものだ、と述べる評論家もいる。

 2004年夏、ニヤゾフを打倒して裁判にかけろと主張するビラ運動が首都アシガバットで展開された。当局は運動を止めることができず、大統領は内務大臣と警察学校校長を解雇すると国営テレビで返答した。無能だったとして大臣を非難し、「優れた長所を持つとか、犯罪と戦うために尽くしたと言うことができない」と宣言した。

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Comments

国の名前も知らなかったです。今マスコミを賑わせている北朝鮮の他にも、こんなところがあったんですね。(まさか、これ架空の話じゃないですよね?)日本に直接利害関係が無いから、取り上げないのでしょうかね。トルクメニスタン、ニヤゾフ大統領。これから注目したいです。
偶然、通りかかりました。 | 2005年11月08日 12:20

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